TKA(人工膝関節全置換術)術後の膝関節可動域制限は、患者の機能予後や生活の質に大きく影響する重要な課題である。可動域制限は多因子性の問題であり、術前から術後に至るまでの様々な要因が複合的に作用している。本レポートでは、これらの原因を時期別・要因別に分類し、それぞれの具体的なメカニズムと臨床的意義について詳細に検討する。
術前因子による可動域制限の原因
術前関節可動域の影響
術前の膝関節可動域は、術後の可動域獲得に最も強く影響する因子の一つである。術前の膝屈曲可動域が120~125度未満の症例では、術後の可動域獲得が困難になる傾向がある。これは、大腿四頭筋をはじめとした軟部組織の拘縮や質的変化が術前から存在するためである。術前の可動域制限は、膝周囲筋の柔軟性低下、関節包の短縮、靭帯の硬化などを反映しており、これらの変化は手術による骨構造の改善だけでは十分に改善されない。
疾患特異的要因
変形性膝関節症患者では、関節リウマチ患者と比較して術後の可動域制限が起こりやすいことが報告されている。変形性膝関節症では長期間の疼痛により活動量が制限され、廃用性の軟部組織拘縮が進行しやすい。また、FTA(大腿脛骨角)が大きい内反膝変形を有する症例では、外側軟部組織の短縮により術後の可動域獲得が困難になる。関節破壊が高度な強直膝症例では、関節内の線維性癒着や軟部組織の著明な拘縮により、通常のTKAに加えて四頭筋形成術が必要となる場合もある。
全身的要因
患者の年齢、性別、BMI、喫煙歴などの全身的要因も可動域制限に影響する。若年者、男性、非喫煙者、低BMI患者では、関節線維症による再手術のリスクが高いことが報告されており、これらの因子は術後の可動域制限とも関連している可能性がある。また、股関節の屈曲・外旋可動域制限がある症例では、代償的な膝関節への負荷により術後可動域に悪影響を与える。
手術関連因子による可動域制限
インプラント選択とサイズ適合
人工関節のデザインやサイズ選択は術後可動域に大きく影響する。PS型(後十字靭帯切除型)とCR型(後十字靭帯温存型)では、PS型の方が一般的に良好な屈曲可動域が得られるとされている。これは、PS型では深屈曲時に緊張して屈曲を障害する後十字靭帯を切離するためである。一方、CR型では後十字靭帯が温存されることで生理的なroll back機構が働くが、手技の煩雑さと膝屈曲阻害が懸念される。
アジア人の特徴として大腿骨後顆部(posterior offset)が大きいため、主に海外メーカーの製品を使用する場合には、サイズ適合性に注意が必要である。適切でないサイズ選択は、骨切りラインの不正確性や靭帯バランスの不良を招き、可動域制限の原因となる。
手術手技の影響
骨切りの精度とインプラント設置位置は、術後可動域に直接的に影響する。特に大腿骨コンポーネントの回旋位は重要で、過外旋または過内旋に挿入されると回転中心が変化し、屈曲制限の原因となる。measured resection techniqueとgap balancing techniqueのどちらを選択するかも、最終的な靭帯バランスと可動域に影響する。
軟部組織の取り扱いも重要な要因である。膝関節前面の皮膚可動性を確保するため、superficial fascial layerの保護が必要であり、この層の損傷は術後の皮膚可動性低下と可動域制限につながる。また、内側広筋や膝蓋支帯などの軟部組織への侵襲範囲が広いため、これらの組織の適切な修復が術後可動域に影響する。
術中可動域の重要性
術中に十分な可動域が得られない症例では、術後も良好な可動域獲得は困難である。これは、手術時点で既に軟部組織のバランスや骨切りの問題が存在することを示している。術中可動域は術後可動域の上限を決定する重要な指標となる。
術後急性期・回復期の可動域制限因子
炎症反応と腫脹
術後早期では手術侵襲による炎症反応が強く、これが可動域制限の主要因となる。炎症による腫脹は関節内圧を上昇させ、特に屈曲運動時に強い疼痛を伴う。腫脹により皮膚の伸張性が低下し、屈曲最終域付近での膝前面皮膚の伸長痛が出現する。CRP値の推移は炎症の程度を示す指標となり、CRP値が高値を示す期間中は可動域制限が持続しやすい。
疼痛と防御性筋収縮
術後2-3日は疼痛が最も強く、膝を曲げること自体が困難な場合が多い。疼痛は防御性筋収縮を引き起こし、特に大腿四頭筋の緊張亢進により屈曲可動域が制限される。疼痛に敏感な患者では、疼痛恐怖により自発的な関節運動を避ける傾向があり、これが廃用性拘縮の進行を促進する。
創部と皮膚の問題
術創部は約10-15cm程度の大きさがあり、その深層にも様々な組織が存在する。皮膚と皮下組織の滑走障害は、瘢痕化の過程で生じやすく、膝関節の円滑な運動を阻害する。術後2週前後からは創部周囲に対するモビライゼーションが重要となるが、出血や創部離開のリスクを考慮しながら慎重に実施する必要がある。
軟部組織の拘縮と癒着
術後数週から数ヶ月経過後は、軟部組織による問題が主要な制限因子となる。膝蓋上嚢の癒着は屈曲制限の重要な原因であり、特に膝蓋骨より近位側に制限感を訴える症例では、膝蓋上嚢の滑走性改善が必要である。膝蓋下脂肪体は屈曲時に圧迫されやすく、その柔軟性低下は可動域制限につながる。
内側広筋や膝蓋支帯の短縮は、前方からの屈曲制限因子となる。これらの筋・筋膜組織は手術侵襲により直接的な影響を受けやすく、術後の瘢痕形成により伸張性が低下する。
後方組織の問題
TKA術後では、サギング現象により後方組織に挟み込みが生じやすくなる。膝窩の脂肪体や靭帯などが制限因子となり、特に深屈曲時に後方のインピンジメントを起こす可能性がある。大腿骨のroll back機構が適切に働かない場合、後方組織の挟み込みが生じやすくなる。
病理学的要因による可動域制限
関節線維症(Arthrofibrosis)
関節線維症は過剰なコラーゲン産生と癒着により関節運動が制限される病態で、TKA術後の1.3-60%に発症するとされている。この病態は多因子性であり、調節不全の炎症反応が主要な原因とされている。若年者、男性、非喫煙者、低BMI患者、初回TKA症例では関節線維症による再手術のリスクが高いことが報告されている。
関節線維症の発症には、不適切な軟部組織バランシング、コンポーネントのサイズ不適合、回旋不良、sagittal gapの不均衡などの手術技術的要因も関与している。また、術前の可動域不良もリスクファクターとされている。
特殊な症例:関節内脂肪腫
稀な原因として、関節内脂肪腫による可動域制限が報告されている。関節内脂肪腫は稀な疾患であるが、前・後十字靱帯の前後に存在し、膝伸展時に大腿骨顆間部とインピンジメントを起こすことで可動域制限を生じる可能性がある。このような症例では、画像検査では診断困難で関節鏡検査が必要となる場合がある。
時期別可動域回復パターンと予測因子
可動域回復の時期特性
TKA術後の可動域回復には特徴的なパターンがある。戸田らの報告によると、可動域の回復率は術後1-2週で全回復の51%、2-3週で23%、3-4週で15%となっており、術後3週までに約75%の回復を認める。術後3週以降の回復率は徐々に低下するため、術後早期の可動域獲得が極めて重要である。
予測因子と早期指標
術後の可動域予測には、術前の膝屈曲可動域、膝伸展可動域、TUG(Timed Up and Go)テスト、杖使用の有無が重要な指標となる。これらの4項目から算出される合計スコアが8点以上であれば、術後14日での膝可動域が良好である確率が約95%となる。
術後因子では、術後5日で膝屈曲85度、術後1ヶ月で105度に達しない症例は長期予後が不良となる可能性が高い。これらの早期指標により、集中的な可動域訓練が必要な症例を早期に特定することが可能である。
結論
TKA術後の膝関節可動域制限は、術前因子、手術関連因子、術後因子、病理学的要因が複合的に作用する多因子性の問題である。術前の可動域状態と全身状態の評価、適切な手術手技とインプラント選択、術後早期からの包括的な軟部組織管理が重要である。特に術後早期の可動域獲得が長期予後を決定する重要な因子であるため、炎症管理、疼痛管理、軟部組織の柔軟性維持を含む集学的アプローチが必要である。患者個々の特性に応じたリスク評価と早期介入により、良好な機能予後の達成が期待される。
TKA患者における膝関節可動域制限の包括的原因分析

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